動画『サンキューバトン』メイキング

メイキング動画に使われているサンキューバトンの歌です。

▼ 「サンキューバトン」 ▼

▼ 「サンキューバトン」(歌なし) ▼

 

0328全国がん登録のPRを目的に制作された動画「サンキューバトン」 (http://39baton.ncc.go.jp/videos/)は、2015年1月、がんサバイバーの人たち、そして身近にがん患者がいらっしゃる人たちと一緒に撮影しました。役者は一切なし。皆さんそれぞれ、実際の生活の中で、がんと関わりのある人たちです。

動画のコンセプトは、「大切な人に感謝の気持ちを伝える」というもの。

調査をしていて分かったのは、がんサバイバーの人たちは、家族や職場の仲間、医療関係者などさまざまな人たちに支えてもらっていると感じていて、感謝をしたい相手がいるということ。でも、そんな気持ちをきちんと伝えることができてはいない。そんな思いを持つ人が多いことが分かりました。

一方、これまでがんと関わりを感じなかった人たちに聞いてみると、身近な人ががんになった時、「どう接して良いのか分からない」「何を言えばいいのか、何を言ってはいけないのか気を遣う」という声が多く聞かれました。

それなら、がんサバイバー本人の言葉で、具体的にどんなことが嬉しかったのか、心の支えになったのかを感謝の言葉とともに伝えてもらうことで、感謝する側、感謝される側、そしてそれを見ている(聞いている)側がそれぞれに嬉しい機会にできるのではないか。

そんな考えから今回の企画が生まれました。

メインキャストの仕掛人役として出演してくださったのは、5人のがんサバイバー、そして奥さまをがんで亡くされ現在はがんの相談員として活動されているお一人です。

まず、事前にそれぞれ感謝の言葉を伝える動画メッセージを自宅などで撮影しておきます。

そして、感謝を伝えたい相手を、「がんに関する映画の上映会がある」などと言って誘い出します。ある人は宮城県から、ある人は山口県から、新幹線や飛行機に乗ってやってきました。

しかし、誘われた側にとって、その日待っていたのは、映画ではなく、誘ってくれた人物から自分への感謝のメッセージだったという流れです。周りの観客席に座っている人たちも全員が仕掛人。そしてその仕掛け人は、がんの経験を自分自身が、または身近に持つ人たち。知らないのは連れて来られ、感謝される人物だけです。

リアリティーを追求し、感謝される相手に撮影まで気づかれないように、スタッフはそれぞれに「口実」や「シナリオ」を準備。撮影当日もバレないよう集合時間や案内の導線を綿密に打ち合わせして、その時を迎えました。

そしていよいよ撮影開始です。うまく感謝の気持ちを伝えられるでしょうか?

支援してきた側に直接聞いた

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「どう接し、支えればいいですか?」

撮影会場は都内の某映画館。表情の変化を逃さないため、会場内には8台のカメラを配置。メインキャスト(主役)2名が座る席を決め、カメラ位置や人の動きを入念にチェックします。メインキャストは全6組。それぞれ時間差を作って会場にお呼びしています。1組目のサプライズが会場内で行われている頃に、すでに次の組が会場に到着しているというタイムスケジュールで、それぞれの組の人たちが顔を会わさないように、案内する会場内の動線もしっかり決めました。

まずメインキャストの二人組が会場に着くと、スタッフが「感謝される相手」に「お願い」をします。インタビューへの協力です。

「もし大切な家族や友人ががんになった時に、どのように支えればいいのか、なんと言葉をかけてあげるべきかと誰しもが迷います。そんな人たちに向けてメッセージをください」というものです。

 

突然のことにも関わらず、皆さんは快く自らの体験をカメラの前で語ってくださいました。
たとえば以下のような言葉がありました。

「支えというか、旅行でもなんでも本人が自由に過ごせるようにしました。治療はお医者さんに任せて、家事などの身体の負担にならないように手伝いながら。」(夫)

「バンドをいっしょにやる仲間だったので、バンドの練習中は、病気のことを意識させない。健康なときの彼女と同じように接することをみんなで心がけていましたね。」(仲間)

「食べられないとどんどん気分も落ち込んでいくから、これなら食べられるかしらとスープつくってみたり、とにかく食事をいろいろ工夫しました。」(隣人)

「私の方が、彼のがんばっている姿にはげまされていました。常にプラスの言葉を言って、私の悩みも聞いてくれる。お互いさまだねって。」(彼女)

「本当に辛いのは本人ですよ。2人でショックを受けていてもいけないから、私は平常心を保つように普通を心がけました。子どものためにも夫には長生きしてもらいたいしという思いもあって、時には弱音を吐いたら、あなただけの身体ではないと言ったときもあります。妻としてすべきことをさせてもらったと思っています。」(妻)

「私たち医療者ができることはやはり限られています。これでよかったのかと常に迷いながらも、患者さんご家族にとってのベストは何か、それを決して忘れないようにしようと思っています。」(看護師長)

それぞれがそれぞれの立場で、いろんな言葉を語ってくださいましたが、その中で共通して語られたのは、「一番辛いのは本人。私はそばで見守っていただけ」という言葉でした。

妻から優しい夫へ

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「仕事に復帰したいと言った時、反対の声の中、あなたは背中を押して支えてくれた。嬉しかった」

希少がんで情報が少なく、不安な日々を過ごしていた愛知県在住のNさん。退院後は療養のため、一時実家に戻っていたそうです。しかし、不在の間、職場の同僚に負担をかけていることが気になっていたこと、そして、気もちの中でも一歩踏み出したいと考え、「仕事に復帰をしたい」と言います。それに対して「まだ早い」と周囲は反対。ところが、夫はその気持ちを後押ししてくれたそうです。

●妻から夫への感謝のメッセージ

「車で片道30分の道のりを、行きは父親が、そして帰りは夫が毎日送ってくれました。大変だからいいよと言うと、夫は、この時間が自分にとっても大切な時間だからと言って、付き合ってくれたことが忘れられない思い出です。」

その時を振り返って、支える側はどうだったのでしょうか。語ってくださいました。

今回の出演にあたって、Nさんからは、希少がんのサバイバーとしての自分の存在を知ってもらうことで、かつての自分と同じように、情報が見つからなくて不安に思っている人や、病気のために一歩踏み出せない人たちにも勇気をもってもらいたいというメッセージを伝えようと、出演に手を挙げてくださいました。

バンドメンバーのみんなへ

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「あっこちゃんがいないと始まらないから。待ってるから。そんな言葉がとても嬉しくて励みになりました」

長野県で地元おやじバンドのキーボードとして活動していたAさん。がんが発覚し、入院して手術を受けます。ところが、丁度そのタイミングで、本番が決まってしまいます。Aさんは、なんとか抜け出してでもステージに立ちたいと思い、メンバーにもそう伝えますが、「まずは治療に専念すること」と言われてしまいます。

そしてその本番は、結局、ピンチヒッターが出ることに。Aさんは自分が退院しても戻る場所がなくなるのではないか、と不安になり、お見舞いに来てくれたバンドメンバーにそんな不安な気持ちを吐露します。

すると、メンバーの一人が言いました。

「大丈夫、あっこちゃんがいないと、このバンド、始まらないから。」

その一言がとても嬉しくて、励みになったとのことです。

 

●大切な仲間たちへ感謝のメッセージ

 

これに対して、バンドメンバーのSさんは次のように語っています。

子育ての一切を肩代わりしてくれたお隣さんへ

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「がんになったものは仕方がない。悪いところは切って治そう。そう言われて前向きな気持ちになれました」

山口県在住のSさん。告知を受けた日、家に帰る前に思い立ってお付き合いのあったお隣さん宅に立ち寄り、事情を話します。すっかり落ち込んだSさんを見て、お隣さんのYさんは熱いお茶を入れ、毅然と言いました。

「がんになったものは仕方がない。悪いところがあったら切って治そう。誰のせいでがんになったわけでもないし、誰が悪いわけでもない。とにかく悪いものは切って治しましょう。」

そう言われてとても前向きな気持ちになり、治療に取り組めたと話すSさん。ただ、手術の前に抗がん剤治療をする時、「髪の毛は抜けますか?」と先生に聞くと、「抜けます」と言われ、その時、初めて涙が出たと言います。

「髪の毛が抜けても、また生えてくるから、とか、すぐ戻るからとよく言われます。でも、それが辛かった。でもYさんは、抜けるものはしょうがないじゃない、みたいな言い方をする。その言葉に、いつも強いなあ、と思い、その強さが優しさだと感じていました。」

治療中、仕事で忙しい夫に代わって、二人の子どもたちを我が子のように育ててくれたYさん。自宅の鍵を渡し、手がかかる幼児の世話や食事作り、思春期の子の進学相談から卒業式への参列までお願いしました。

「強くて優しいあなたに会えて良かった。話していると、いつも元気が出ます。」

 

●大好きなお隣さんへSさんから感謝のメッセージ

これに対して、お隣のYさんは次のように語っています。

いつも食事の心配をしてくれる彼女へ

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「この場を借りて言います。僕と結婚しよう」

胃がんになったことをきっかけに、食の大切さに目覚め、宮城県でカフェをはじめたKさん。事業の立ち上げで弱音を吐いたり、くじけそうになったりした時も励まし、いつも支えてくれるという彼女に、この日、プロポーズをしようと準備して参加しました。

Kさんは彼女と二人で食事に行くとき、食べきれない量の料理を注文してしまうそうです。Kさんは食べきれなくて、残してしまう。それに対して、彼女は残すのが嫌い。なので、具合悪くなるからと言っても無理して食べてしまう。彼女のそんな食べ物を大事にするところが大好きだと言います。

 

●Kさんから愛するあなたへ感謝のメッセージ

「初めて病気のことを告白した時、断られると思っていました。でも、困惑した顔を見せながら付き合ってもいいと言ってくれた。それが本当にうれしかったです。事業を始めて大変だった時、お尻を叩いてくれたこともありました。夜遅くまで仕事をしている時、手作りのお弁当を持ってきてくれました。涙が出るほどうれしかった。今でも思い出すと涙が出ます。辛い時、支えてくれたのはあなたでした。本当にありがとう。」

そんなメッセージの後、Kさんは、本題に入ります。

「病気になった時、もう結婚はできないと思っていました。でもあなたと会って、一生懸命生きるようになって、結婚したいと思えるようになりました。今まで、改めて言うことがありませんでしたが、この場を借りて、ちゃんとプロポーズしたいと思います。」

「僕と結婚しよう。」

ここで映像は終了。会場から大きな拍手が起こります。Kさんは立ち上がり、彼女の手をとって、会場前方のステージに上がり、みんなの前で、この日のために用意した指輪を出してプロポーズをしました。

全員が見守る中、あふれる涙を手で拭いながら、彼女はイエスと答えます。

一段と大きな拍手が鳴り響く中、幸せに結ばれたKさんと彼女でした。

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親身になって相談に応じてくれた看護師長へ

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「不安でたまらなかった時、あなたのやわらかな笑顔に救われました」

乳がんで妻を亡くされたKさん。存命中、放射線治療の副作用で食道に流動物が通りにくくなり、食べられるものに苦労していた時、患者相談支援センターにいたT看護師長から栄養補助食品やお店の情報までについて具体的にアドバイスを受けたことが、たいへん有り難かったと語ります。

●Kさんから恩人に感謝のメッセージ

「主治医の先生から、あなたのがんは完治しませんと言われ、どういう心持ちで過ごせばいいか相談した時、やわらかな笑顔で、「安心してください。長く一緒に生きればいいんです。いわゆる普段の生活を続ければいいんですよ」と言ってくれたことで、安心した気持ちになれたことをよく覚えています。」

もう治らないと宣告され、気持ちがどん底に落ち込んだ時に、普段通りでいいと言ってもらえた。その他にもいろんなデータを持って相談に行った時にも、的確にアドバイスをもらえた。そうしたことが有り難く感謝の限りであり、決して忘れることのない大切な思い出だと話します。

こうした経験から、妻が他界した後、Kさんはがんに関するボランティア活動に取り組み、がん患者はもちろん、身近で支える人たちの相談にものりたいと語っています。

これに対して、T看護師長は次のように語っています。

長年連れ添った妻へ

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「あなたの毅然とした態度で覚悟が決まった。本当にありがとう」

7度の手術を乗り越えたHさん。ずっと病気とは無縁の生活だったHさんに胃がんが見つかったのは11年前のことでした。どう話せばいいか分からないまま家に着き、「がんが見つかった。来週手術だよ」と大きな声で言ったら、明るい表情で笑いながら「ああ、そう」と一言だけ返ってきた。それがどれだけ元気づけられたか分からないと言います。

●夫から妻へ感謝のメッセージ

「もし悲観的な言葉が返ってきたら、暗い気持ちになっていたことでしょう。いつもそうやって明るく振る舞ってくれるので、逆に元気をもらっています。」

その後も次々と見つかるがん。主治医から家族で説明を受け、リスクの話なども聞いて暗い気持ちになっていた時のこと。家族の中にはすべてを手術で切らなくてもいいとか、先進医療もあるなどという話も出ましたが、妻は「ここに紹介されてきた以上、もうまな板の上の鯉なんだから、任せましょう」と毅然と言った。

「その一言で覚悟が決まりました。」

13時間にも及ぶ手術の次の日、妻が病室を訪ねてきて、お互い話すことが見つからなかった時、ちょうど結婚して30年目の年だったこともあり、ふと結婚式の記憶がよみがえりました。それで、「健やかなる時も、病める時もお互い労わり、愛し合うことを誓いますか?」という言葉に、二人順番に大きな声で「誓います」って言ったよなあ、と口から出ました。

すると、妻は病室中に響く大きな声で高笑いをして、

「誓っちゃったもの、しょうがないわねえ」

という答えが返ってきた。それがきっかけで病室中ほかの患者さんもにこやかな声になって笑い声が響いたのを思い出したと言います。

「ああいう明るい振る舞い、そしていつでも前向きに考えてくれる振る舞いが、どれだけ辛い時の救いになっているか分かりません。」

「いつかちゃんとお礼を言おうと思っていましたが、いつも茶化して面と向かってはちゃんと言えないので、この場を借りて、今まで11年にわたって助けてもらっていること、支えてもらっていることに改めてお礼を言います。いつもありがとう。」

これに対して、奥様は次のように語っています。

がんサバイバー、支える人たち、それぞれの想いが明日へとつながっていく。そんな希望を感じる、素敵な時間になりました。

サンキューバトンの動画(本編)はこちらでご覧ください

がんサバイバーそれぞれのストーリーの動画はこちらをご覧くださ